山間地域の青年会と、いつでも帰れるふるさとを守る防災・インフラの営み
新潟青陵大学・短期大学部の社会福祉学科3年生と人間総合学科1年生の学生2名と、【新潟県阿賀町室谷地区】へのヒアリングおよび防災インフラに関する取材を行ないました。
テーマ:防災・インフラ、青年会、降雪地帯 取材場所:新潟県阿賀町室谷地区 取材期間:2024/2/18
1.室谷地区について
今回訪問した室谷地区は、新潟県阿賀町新潟県阿賀町に属する地区である。29の世帯が生活しており、人口は115人、その高齢化率は35.6%となっている。
新潟県と福島県の県境であり、山間部に位置する室谷地区は数メートル単位で雪が降ることもある豪雪地帯であり、冬季は道路や家屋の周辺に雪の壁が出来上がるほどだ。そのため、実際に室谷地区で暮らす人々の家屋は、住居スペースの下の階が倉庫や車庫になっているいわゆる高床式住宅や、玄関を覆うようにガラスを張ることで、住居に直接雪が入りづらくさせる二重構造の出入り口が多く選ばれている。また、屋根から落下した雪の塊や氷柱で窓が割れることを防ぐために、窓枠には「雪囲い」または「冬囲い」と呼ばれる木の板を設置できるような造りになっており、家屋の減災に役立っている。除雪用の重機を所持している家庭も少なくなく、この地域が如何に雪と密接した暮らしをしているかが見て取れた。
今回は、このような雪深い室谷地区で20~40代の方々を中心として活動されている「室谷青年会」の皆さんに取材させていただき、豪雪地帯かつ少子高齢化の進む地域における防災インフラの現状や、実施している災害対策について質疑応答形式でお話を伺うとともに、実際に地区に設置されている防災設備を案内していただいた。
2.室谷青年会について
室谷青年会の主な活動は、地区で行われるイベント運営や、毎月開かれる定例会での交流・情報交換だ。以前は学校で行われていた学芸会等の年間行事によって地区の幅広い世代の人が交流することができていたが、近年の少子化に伴う閉校で必然的にその行事も開催できず、お年寄りの楽しみが無くなってしまったという。そのため、室谷青年会が主体となり、地区の人々が一堂に会して伝統の踊りや歌を披露する「室谷おもっしぇぞ祭り」を復活させた。毎年9月に開かれる祭りでは青年会でも神輿を担いで民家を回るため、お年寄りにも喜ばれているそうだ。最近では室谷独自の食文化(たんぽ焼き)の継承、商品化も行ない、伝統文化の存続や経済効果の面でも地域に貢献している。遊休農地を活用してパクチーをはじめスパイスを育て福祉事業所と連携して開発した農福カレーも好評であり、今回の取材でも試食させていただいた。
また、青年会には地元の消防団に所属する会員が5~6名いるため、青年会としての活動ではないが、避難訓練や心肺蘇生法の講習、初期消火訓練も行なわれている。その他、林道の除草(集落からの委託)、用水路の確保・維持管理、山水(生活用水)の管理、流雪溝の水の管理(各家庭の平等に流れるようにする)等、幅広く実施されているという。
室谷青年会の始まりは、明治時代にまで遡る。当時は地区の青年たちが勉強会のために開いたもので、明確な変遷は会員の方々も不明とのことだが、現在も13名が会員として室谷地区で活動している。青年会への入退会には年齢や既婚歴などいくつかの規約が存在したが、それらも改訂され、活動が継続しやすい環境になっているそうだ。
青年会に入る理由は様々だが、多いのは「自身の親が会員として活動しており、それに憧れた」、「『室谷が好き』という郷土愛が強いから」というものだった。高校卒業とともに入会する方や、進学・就職により一度は室谷地区を離れてもまた地元に戻ってきたり、室谷地区に住んでいなかったりしても活動に参加するという方もいるという。まだまだ若い世代の一層の参加が望まれてはいるが、室谷青年会のように地元で継続的に活動している人々がいるために、「外部から戻ってくることができる環境」があり、「地区に帰ってきて活動に参加する人」と「地区に残って活動を継続させる人」が相互的に関わることで、地区の活性化や青年会の維持が実現されていると言えるだろう。
3.室谷地区の防災インフラについて
室谷青年会では先述した通り、青年会の活動としての防災事業は行なっていない。しかし、区長の意向では、避難訓練や初期消火訓練、心肺蘇生法等の救命救急講習を室谷地区の住民を対象に実施することで、地区全体の防災意識を高めたいということだ。
本年の1月1日に起きた「令和6年能登半島地震」の影響は、室谷地区が硬い地盤の上にあることから比較的小さかったという。しかし、室谷地区は他の地域から訪れる際には必ず幾つかのトンネルや橋を通らねばならず、それらの中の一つでも崩落したり通行止めになったりしてしまえば、たちまち孤立してしまう。最近で言えば、一昨年の豪雪の影響で道路に樹木が倒れ、電線が切断されてしまったことにより、地区内の電気やインターネット回線が3日間使用できなくなる事態が起きていた。電話も圏外になり、道路が開通するまでは外部との連絡も取ることができない。こうした状況が毎年のように起こる可能性があるこの地区で生活を営むために、地域住民の方々はどのような災害対策をしているのだろうか。
⑴薪ストーブの利用
室谷地区を訪問した際、住居に併設する形で沢山の薪が常備されている様子が見られた。お話を伺うと、地区では多くの家庭が薪ストーブを利用しているという。薪ストーブは電気ストーブやエアコンよりも暖かく、もし災害等で電気やガスが使えなくなったとしても、部屋を暖めたりストーブの上で調理や水を沸かしたりすることができるからだ。
地区では外部から孤立してしまう事態を想定し、食料や生活用品を常に備蓄している家庭も多いそうで、雪と共生する方々の雪害に対する意識の高さが分かった。
⑵高齢者を対象とした見回り、支援体制
室谷地区は人口の約3割が高齢者だ。さらに、小さな集落であるため、一人暮らしの高齢者や持病のある人、体の不自由な人が住んでいる家が住民間で把握されているという。そのような世帯を中心に住民同士でも夜間のパトロールや日々の見守りが実施されているため、周囲の人々が高齢者の生活や体調面の変化に気が付きやすい環境になっていると言えるだろう。
また、そのような狭い範囲でのコミュニティであるがゆえに、緊急時に救急車などを呼んで注目されたくないと考える高齢者も少なくないそうだ。そのため、地区の消防署員を中心に、体調不良時に患者の診療を依頼することもあるという。室谷地区の高齢者世帯は元気な方が多く、実際に消防署員の方が呼ばれるのは年に10回前後と伺ったが、やはり地区全体で高齢者を気に掛ける意識が日常的にあるようだと感じられた。
⑶防災設備の維持管理
室谷青年会では、集落から特定の区間の除雪作業を依頼されており、会員の方々は従来の仕事の他に、冬季は除雪作業を多く行なっている。実際にフィールドワークの途中で除雪車を見せていただいたが、普段はなかなか近づくことのできない大型の除雪車は非常に迫力があり、豪雪地帯の除雪作業の規模を体感することができた。
地区内では山水を生活用水として使用している家庭もあり、そのための用水路の管理も当番制で行われている。各家庭に平等に水が行き渡るようにしなければならず、特に融雪に水が必要な冬場は活動の頻度が高くなるという。
⑷テレビ電話の設置
室谷地区の全世帯には、通常の固定電話に液晶画面が付いたテレビ電話が導入されている。カメラを起動させて互いの顔を見ながら電話をすることはもちろんのこと、付属の液晶画面では町から発信される暮らしや災害に関する情報などを幅広く見ることができ、緊急時には防災無線の代わりになるという非常に利便性の高いものだ。
しかしながら、お年寄りにとっては機器の操作が難しく、テレビ電話の性能が十分に生かしきれていないというのが現状だという。各家庭へのテレビ電話の導入は一見すると画期的な事業に思えたが、それを一番役立ててほしいはずの高齢者層が使いづらいのであれば、その意味が薄れてしまう。特に災害時における連絡手段や情報の発信・受信等は世代を問わず必要なものであるため、使用方法の伝達という面は防災インフラを考える上で課題の一つになると言えるだろう。
4.取材を振り返って
今回の取材を通し、室谷地区という雪深い山間地域ではどのような防災インフラや災害への備えが構築されているのかを知ることができた。
まず、室谷地区は、雪害をはじめとした災害による外部からの孤立や、緊急時の生活インフラの喪失に対する意識が非常に高い印象を受けた。また、限定されたコミュニティであるがゆえに、地域住民の方々の繋がりが強く保たれていることで、日常生活から災害時に至るまで住民同士が助け合いながら暮らしていることを実感した。
しかし、そのような中でも、地域住民の防災意識をもっと高めたいという思いがあるという。区長が避難訓練や消火訓練を考案していたり、住民同士での見回りやインフラ整備を日常的に行なったりしていることから、行政などの公的機関と実際に地区で生活を営んでいる人々の需要や考え方、生活様式に沿った防災事業を展開していくことが重要になるであろう。
《本取材は、一般社団法人北陸地域づくり協会の研究助成事業の支援により実施いたしました。》